東日本大震災の日から、今日で4年。
改めて犠牲になられた方々に哀悼の意を表しますとともに、被災地の一日も早い復興をお祈りいたします。

忘れないという事が、私にできる数少ない支援の一つと思ってこのブログを書こうと思います。




2011年3月11日

その日、私はまだ以前の会社に勤めていました。
仕事をしながら、その時を迎えました。

東京で震度5強。

今までに感じた事のない大きな揺れをビルの中で感じました。

「あぁ、ここで床が抜けて、ビルが倒壊して私は死ぬんだな」と思うほどに。

ビルはグルングルン気持ち悪いほど回りました。

揺れがおさまり、避難を考えだしたとき
エレベーターの2つあるうちの1つは、動かなくなっていました。

あの時、家族に電話をしても全く繋がりませんでした。
日本中がパニック。
災害伝言ダイヤルの存在を知り、とりあえず自分は無事だという伝言は残しましたが、
災害伝言ダイヤルを知っているはずのない両親に、その存在を伝える手段が無いもどかしさ。

そんな時に意外にも助けられたのがTwitterをはじめとするSNSや、Webサービスの存在でした。
普段からweb上で繋がっている友人達とは、すぐに連絡をとることができました。

またUstreamでNHKのニュースをずっと映してくれていた男の子の存在もTwitterで知りました。
iPhoneにはワンセグもないし、会社にテレビもない。
ラジオももちろん無いので、そういった情報が得られるところがあるのは助かりました。

ただ、そこで見た映像はこの世の物とは思えませんでした。

日本で実際に起こっている事なのだろうか、これから日本はどうなってしまうんだろう

と、ただただ見続ける事しかできませんでした。


しばらくして、全員で会社内に戻りました。
情報収集をしながら、帰宅経路を考えていました。
タクシーを考える人もいましたが、すでに道路は大渋滞。

歩いて帰ろうと当初は話していましたが、日も暮れてしまったので危険と判断。

Twitterで情報を調べていると、
地下鉄のホームにいる人
地下鉄の公式アカウントで、運行予定時刻が呟かれていました。
またしてもTwitterが活躍。

乗れた地下鉄は、今までに見た事無いほどの超満員で押しつぶされそうでした。
しかし互いに倒れそうな人を助けたり、少しでも間を詰めたり
いつもの通勤電車ならお互いに舌打ちしあったり、小突き合ったりしているのに
助け合いの精神がそこにはありました。


クタクタになりながらも無事帰宅したのです。




私の経験はちっとも大変なものでも、感動的なものでも
為になるものでもありません。
被災地にいたわけでも、直接的な知りあいがいたわけでもありません。

それでも私はとても不安を感じました。
僅かながらでも、自らの死を感じ、無力さを感じ、ただただ呆然としました。


あれから4年、身の回りの環境もがらり変わり、家族もできました。
もし、あのときのような事がまた起きたら、今度私に一体なにができるだろうか。
今何をしなければいけないんだろうか。

あのときとは少し違った角度で、震災というものを見つめ直した4年目でした。










 
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